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悪徳業者からのメール

2008/02/26 16:13

 

今時って感じですが、悪徳業者からのメールが来ました。
よくTVなんかで見かける、

「無料期間が過ぎて解約されてないので、料金が発生しています」

といった手法のものです。

もうこの手の詐欺は絶滅したのだとばかり思っていたのですが、
未だに生き残っていたのですね。
折角メールが私のところまで来たので、これはそういうフリということで受け取っても良いのでしょうか。

ということで早速電話してみました。
もちろん電話する前に事前調査はしましたよ。
メールに記述されていた(株)ロードという会社は存在してませんでした。

従って、99%詐欺と見てこちらも対応しようと思います。

ロード「はい、ロードです」
私「あ、もしもし~。なんかサイトの無料期間が過ぎて料金が発生すると言うメールが届いたんですけど」
ロード「あ、でしたらお名前の方宜しいでしょうか」
私「あ、村田良治と申します」
ロード「村田良治さんですね」
私「はい」
ロード「でしたら、担当の方が戻り次第こちらから折り返しお電話差し上げますので」
私「あ、そうですか。分かりました。でしたら、貴方様のお名前だけでもお聞きしても宜しいでしょうか」
ロード「あ、私ですか。私は木下と申します」
私「木下さんですね。分かりました」

と、ここで私の携帯は電波の入りが常に悪いので、突然電話が切れてしまいました。
ですので、もう一度電話をかけてみました。

ロード「はい、ロードです」
私「すみません。先ほどお電話した村田というものですけど、途中で電話が切れちゃったんで、もう一度お電話させていただきました。木下さんいらっしゃいますか」
木下「あ、私が木下ですけど、どうかしましたか」
私「あ、いえ、先ほど急に電話が切れちゃったみたいなんで、他に何か伝えておかないといけないことはないかなと思いまして」
木下「あ、大丈夫ですよ。お名前を確認しましたんで、担当が戻り次第折り返しお電話させていただきます」
私「あ、そうですか。分かりました。いつぐらいに電話が来るか分かりますか」
木下「そうですね。データベースと照らし合わせる作業がありますんで、30分くらいでお電話すると思います」
私「分かりました。ではお待ちしております」
木下「はい、では失礼します」

電話に出た男は木下というハキハキとした物言いの好青年でした。
意外に良い人そうでしたね。
というか、電話対応で普通に受け答えする時点で、まだいたずら電話などは
それほどかかってきていないのでしょう。

ある程度この詐欺集団が設立して時間が経過しているのであれば、
電話対応の人間はいたずら電話でウンザリしていますので、
対応もいい加減なところが多いのですが、今回はそうではなかったので
新設の詐欺集団ということですね。

この手の詐欺が出尽くしたところで、敢えて古い手法の詐欺を行うと言うことは
何やら新たな手法が後々出てくるのかもしれませんね。
ちょっと期待しちゃうじゃないですか。

というわけで、30分後を楽しみにしています。
次は恐い人が出てくるんでしょうかね。
私って結構ビビリなので、恐い人が出てきたら泣いちゃうかもしれませんね。
とはいえ、電話が掛かってこない可能性もありますが・・・

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評価

2008/02/22 00:01

 

先日の続きの話をしましょう。

人は少なからず擬態をして生きています。
自分を大きく見せるために・・・。
稀にですが、自分を小さく見せる人もいますがね。

”体裁を繕う”ということは世の中を生き抜くためには必要でしょう。
ただ、それは社会を生き抜くための”手段”としてならば罷り通るのです。
これが”目的”となってしまった時、人は怠惰の道へと進んでしまうのではないのでしょうか。

つい先日、それなりの場で自分たちの成果を公表する機会がありました。
もちろん私は先日の日記のように、自分の器の浅さに、もとい浅はかさに絶望したものの、
自分の足元を見てありのままの自分を発表をしました。

学生というものはそれで良いのではないかと思うのです。
社会に出る前に、自分の力量を弁えておく必要があるのではないのでしょうか。
私はギリギリの段階で弁えることができました。

さて、他者の発表を見ていたところ、擬態擬態擬態擬態擬態擬態の擬態の嵐。
なんだかこの漢字を並べて表示すると気持ち悪いですね。
擬態だらけの発表も実際に見てみると・・・おっと・・・

もちろん自分の力量を100%発揮しているポテンシャルの高い発表も、
数えるほどでしたがありました。
え?私ですか?
私は器を知るまで手抜きでやってきましたので、それなりの発表しか出来ませんでした。

さて、擬態は悪いとは言いません。
ただ、英語専攻の教授に
”英語とは主にイギリスアメリカで使われている言語です”
と書いた論文を提出するのは良い事でしょうか。

これは極端な例ですが、今回の発表にはそのようなものばかりでした。
情報専攻の教授に向かってウィキペディアを貼り付けたような内容を胸を張って発表しているのです。
”サーバーとは・・・”
などとのたまっているのです。
明らかに馬鹿にしすぎです。

仮にも情報を生業としている教授に向かって、ウィキペディアの内容を発表するなんて、
恐れ多くて出来ません。
とは言うものの、つい最近まで平気でそのようなことをやってたのは私ですがね・・・

いや、別に私はそれでも構わないのですよ。
他人がどのような発表をしようとも私には関係のないことです。

ただ、そのような発表と私の自分なりの発表が比較された時に、
彼らの発表の方が高評価を得たことに少なからずショックを受けました。
本当に、家に帰ってから泣きそうになりましたからね。

私が手を抜いてきたことはもちろん私の責任です。
ですが、ウィキペディアを貼り付けたり、既存のツールを使っただけの発表が、
そのように高評価を受けるとは存外でしたね。

私だってただボケッと一年間を過ごしたわけではないですので、
ツールを使って良いのならば、ウィキペディアで良いのならば、数日で体裁を繕えます。

ただ、そんなことをしても何もならないでしょう。
自分が出来たつもりになって、また自らの擬態に目を眩まされるのでしょう。
そんなことはもうウンザリです。

学生のうちは擬態ではなく、学生の本当の器で評価して欲しかった、というところでしょうか。
まぁ、それだと私も他者と変わらず浅い器なのですがね。
それでも彼らより低く見られるよりか、幾分ましですから。

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自信の器

2008/02/21 00:51

 

お久しぶりです。

また、何故だか分かりませんがランキングが上がってますね。
7つじゃないですけれど、Phycoの七不思議ということにしておきます。

最近大きな出来事がありましてね、自分の器というものを明確に知る機会がありました。
今まで自分ではそれなりにやっていけるものだと信じていたのですが、根底から覆されましてね。
正直、軽い鬱になりかけそうになったんです。

人はそれぞれ器を持って生きています。
深くて用量の大きい器を持っている人もいれば、
浅くほんの少しの量で溢れてしまうような器を持っている人もいる。

私の場合は浅い器だったようです。
そして、その浅い器を必死に張りぼてで深い器に見せかけていました。
所謂”擬態”というやつです。

もちろん、ある程度の擬態は世の中を生き抜くためには必要でしょう。
器が浅いからと言って

「俺はダメだから・・・」

と諦めてしまっては先に進むことが出来ません。
自分自身が成長するには、ある程度の背伸びは必要です。

ただ、この擬態に私自身も騙されていたようです。
自分なら出来る、本気になればそれくらい簡単だ・・・と。

しかし実際はというと、張りぼての器ですから水を注ぐと湿って破けてしまうんですよね。
そりゃあもう、ものの見事にジャブジャブと水が零れてしまいました。
勢い良く零れる水にただただ慌てふためく私。

ただ唯一の救いが、水をこぼさないためにはどうすれば良いか、と明示してくれる人間がいてくれたこと。

けれど、このことでもう一つ気が付かされましてね。
その明示してくれた彼は別次元の存在だったと言うことでしょうか。
そして、彼はまた擬態によって周りに合わせていた、あえて低い次元に・・・ということでしょうか。

絶望しましたね。
身近に、本当に身近にこうまで次元の違う人間がいると。

ただ今は、彼に笑われないように、
そして一緒に肩を並べる人間や後輩達には追いつきはしても追い越されないように、
もがきながら器を深くしていくしかないのですね。

”成せば成る・・・”
とは良く言うけれど、その先の
”成さねば成らぬ、何事も・・・”
ということが大事なのですね。

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人が働く意義

2008/01/21 13:44

 

つい先日、友人からこのような質問を受けました。

「貴方は何故バイトをするのですか?」

その時は移動中であり、時間もあまりなかったものなので

「お金が欲しいから」

みたいな適当なことを応えてしまいました。
いや、確かにお金が欲しいのは事実ですが、もう少し私も色々と考えがあってバイトしているんですよ・・・とここで言い訳しておく・・・あ、言い訳させてくださいね。

もちろんバイトを始めた当初は”お金が欲しい”と言う事だけでしたので、事実と言えば事実ですね。
従って、ある程度お金が手に入り、他に割りのいいバイトを見つけるとすぐ辞めたくなりました。
働く動機が”金が欲しい”なら割のいいバイトに切り替えるのが普通ですよね。
ただ私は普通じゃありませんし、非常に周りの人間に恵まれていましたので辞めませんでした。
というのも、私の部署に尊敬する人間が二人ほどいましたからね。


何故、人が働くのか・・・と考えたことはありますか?
何故ロボットじゃなく人が働くのか、ということです。
ロボなら人間より遥に作業効率が良く、その上ミスすることも何万分の一くらいの確率でしか起こりません。
ならば全て機械化するのが良いに決まっているではないですか。
人間なんて不確定な生き物ですし、100回に1回くらいはミスを犯しますからね。
単純に考えて機械が一万個物を作ったら、人間は100回ミスを犯す計算になりますからね。

それでも人間が働く意味とは・・・

人間は意思を持って考えることが出来るのです。
応用の利くものなのです。
だからこそ、機械ではなく人間が働く意味があるのです。
機械は言わずもがな・・・ですよね。

人間は周りを見て、自分の仕事の状況を見て、判断して行動に移すことが出来ます。
従って、プログラムされたことだけをこなす機械に比べて人間の方が遥に効率が良いし、応用が利くのです。


では、俗に言う"仕事が出来る人”とはどういう人なのか?
仕事がバリバリさばけて作業効率が良い人が仕事の出来る人?

そんなの私から言わせてみればできて当前のことです。
自分の仕事すらバリバリ出来ずに一体何が出来ると言うのですか?
バリバリ自分の仕事をこなすだけならば先ほども述べたように機械が良いに決まってるではないですか。ミスなんて殆んどしませんしね。
自分の仕事しかこなせない人間は俗に言う”社会の歯車”というやつですね。
無論、自分の仕事すらこなせない人間はちょっと困り者ですが・・・

私の考える"仕事の出来る人間"とは大局観のある人間だと言うことです。
常に周りを見て、先を見て、自分の仕事をさばきつつも自分の改善点、周りの改善点を見つけ出し、”先手を打つ”ことの出来る人間です。

簡単な例を挙げてみましょう。
例えば工場で働いているとします。
工場で働いたことのある人は分かると思うのですが、特に中小企業の工場は物が雑然と置いてあり整理整頓がなってませんよね。
何故整理整頓が出来ていないのかというと、単純に人手が足りないのです。

さてさて、この整理整頓ですが
「あぁ、物が多くて邪魔だなぁ。片付けなきゃな」
と思うことでしょう。寧ろ思わなきゃダメです。
ただ、思っただけではダメです。考えてください。
何故片付けなきゃいけないのか、片付けないとどうなるのかを。

山積みになっている道具や資材達。ある時一番下に置いている道具が必要になりました。
「オラァッ!吹っ飛べ!」
と言いながら山積みの道具を蹴り倒すことは出来ませんよね。
上から順に物をどけて下のものを取り出さねばなりません。FILOです。
では、物を取り出すのに仮に1分かかったとしましょう。
たかだか1分、されど1分です。
工場内は整理整頓がなってませんから、このような状況は日常茶飯事と化すわけです。
ならば従業員が100人いたとして、この1分は100回繰り返されるます。
この瞬間100分のロスタイムが生じているのです。
整理整頓されていれば一秒もかからないような作業なのですからね。
しかも、山積みの道具を取り出す作業が一人一日一回位なら良いのですが、大体二、三回やるものです。
はい、ロスタイム300分。
時給を800円として¥40,000也。
これ、年間通して行ったらどれだけの損失になると思いますか?
単純に計算して¥40,000の100~200倍近くの損失が出ます。
ただ、必要な道具を取り出すだけで・・・。

こんなことはちょっと考えれば分かることですが、誰も考えて仕事をしていないのです。
いや、考えているのかもしれませんが、実際に行動に移して整理整頓をしている人間なんて見たことありません。
気付いてないのか、気付いててやらないのか・・・
どちらにしてもダメですね。
気付いてるのならば行動に移すべきであるし、気付いてないのであれば注意する・・・という手段もありますが、整理整頓ぐらい幼児に「玩具を出したら片付けようね」レベルのことですので、いい歳こいたオッサン・オバサンがその程度も分からない時点で幼児以下ですからね、残念なことに・・・。

また、集団生活において”2:2:1”の理論と言うのがあり・・・
おっと、また話が長くなりすぎますね。
この話はまた別の時に・・・。

で、私はもちろんここまで言うからには自分の仕事は会社で誰よりも速く正確性を維持させつつ終わらせますし、他のラインの事まで頭に入れて行動しているつもりです。
そう、アルバイトの、若輩者の私ですらここまで考えて行動しているのであれば、年上のパートの方はもちろんの事、社員はそれ以上、管理職はさらにそれ以上のことを考えて仕事をしてもらわないと困るのです。
実際に行動に移せる人間がどれほどいるのか。
残念ながら私の職場には右手で足りる人ぐらいしかいません。それは管理職も含めて・・・。

よく、仕事の出来ない人間に限って
”上の管理体制がなってない”
"上が悪い"
とスケープゴートにしたがりますが、お偉いさんが変わっても現場の人間が変わらねばどうしようもありません。
仕事をするのは現場の人間なのですから。
現場の人間が上を変えさせるのです。
上の人間が幾ら優秀だろうと、馬鹿が仕事をすれば高が知れてしまうと言うものです。
逆に、下が優秀であれば上が馬鹿であろうと職場を変えることは出来るのではないのでしょうか?


色々と言いたい放題ですが、私の職場は本当にどうしようもないです。が、おそらく皆気付いてないのでしょう。
ですから私は注意することにしたんです。
年上だろうが管理職だろうが、考えなしに行動・言動を発する人間には容赦なく注意してます。
本人が気付かないのなら他者が注意してあげねばなりません。
その人のためにも、会社のためにも。
人が良くなるなら、会社が良くなるなら私は喜んで悪役を演じましょう。
クビになっても構いません。
いや、できれば悪役になんてなりたくはないのですがね・・・



で、注意しまくったら無視されるようになってしまった(笑)
ものの見事に悪役になり、さらに人は考えを改めないわで、ただの道化と化してしまいました(笑)
どうしようもない人間が集まった末路は私のバイト先のようになるのだな・・・
と良い勉強になりました。
あ、でも注意は続けますよ。
いつか、会社が好転することを願って・・・いや、しないか(笑)

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私、生きてます

2008/01/08 01:16

 

なんだかタイトルが携帯小説のようになってしまいましたね。
そう言えば、携帯小説で思い出したんですが、「恋空」ってやつが一大ムーヴメントを起こしているとか・・・。
CMなんかで見てると、なんか主人公の男が白血病になって死にそうで悶えているのですが、彼女の新垣結衣が「頑張って~」って励ましつつイチャつきながら必死に頑張るんですけど、やっぱりデッドエンドみたいな。
もう映画見終わったらそのまま休憩とか出来ちゃうホテルに直行するための映画みたいなのが流行ってるそうで。
まぁ恋愛物のストーリーというものは結末が殆んど決まってますので、
どれも似たり寄ったりになるのは仕方のないことですね。
特に理系の人はフラグ立ての概念がありますから、映画を見ていても

「あ、今死亡フラグたった」

だとか

「恋人フラグたった」

とか先読みして映画などを見てしまいますから、
だいたい映画が開始して30分から60分で結末が分かっちゃうんですよ。
映画の構成の前半部分は大概フラグ立てですので、フラグ立てが終わった時点で、
私の中で映画を見終わったのと同じなんです。
映画前半部分しか見なかったから残りの900円返してって言いたいくらい。
特に恋愛物はひどいもので、CMだけでお腹いっぱい。
そんなの見て「感動した!」とか涙流しながらCMで大絶賛する人がいますが、
もう私にはそんなピュアな心はありません。
ただ、立てられたフラグをデジタルに処理するだけの冷徹マシーンへと化してしまったのです。

あ、突然思い出したんですが、お久しぶりです。そしてあけましておめでとう御座います。
私にとって正月は正月でなかったんですが、取りあえず世の中の流れは正月のようなので一応挨拶だけはしておかないと、協調性のない人間のように思われてしまいますからね。
一応これでも協調性はあるつもりです。

さて、このブログをGod-Bossさんも見られているということで、現状報告といきましょう。
一月と言えば色々とてんてこな時期ですね。
高校生はセンター試験の季節でもありますしね。
各言う私や私の周りの人間も例に漏れず忙しさマックスです。
が、私はもう目処は立っているのでここ2,3日でこの忙しさともお別れです。
皆が齷齪してる中、私は悠々自適にメガテン3でもやっておこうかと思います。
あ、シミケンの雀鬼も見たいですね。



ついでに、今の作業が終わったらこのブログでC言語講座でも開こうかなと思っています。
というのも、今行っている作業が初心者用C言語教材の作成ですので、
どうせ作るならここで公開しようと思ったわけです。
著作権的なことはどうなるのか良く分かりませんが、一応私が作成したので公開しても構わないでしょう。
ちなみに、現在作っている教材は私のユニークなジョークがふんだんに盛り込まれているため、「ふざけてんの!?」と叱責を受けそうな出来です。
ただ、これは初心者向けの教材ということで、本を読まない人でも読みやすいようにしてあるものですから、これくらいファンキーにしておいても問題ないかな・・・と思ってます。


あ、そういえばなんでこのブログを更新していない間にランキングが上がっているのでしょうか!?
しかも一日のヒット数が300hitを越えてるなんて意味分かりません。
更新しているときよりしてない時の方がヒット数が伸びるなんて聞いたことありません。


では、突然ですが今日はここまで。みなさんお休みなさい。

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mixiの脆弱性

2007/11/07 01:38

 

mixiバグが多すぎですね。
まぁベータ版なので仕方のないことですが・・・。

mixiはユーザーの劣化が酷いので辞めていたのですが、こんなゴミ屑日記を書く私に今まで親切にしてくださった方々に申し訳ないのでmixiに外部ブログで登録しなおしたのですが、どうにもRSSが巧く機能していない模様。
昔私がやってたアダルトサイトのリンクの方へすっ飛ばされるようになってるようですね。昔の私のイラストなんて下手すぎて見たくもないのにmixiの陰謀により無理矢理見せられる羽目に・・・。

mixiと言えば稼動当初はSNSという閉鎖型ネットワークコミュニティだったのにもかかわらず、TVなどの報道で一般化して以来ユーザー数が爆発的に伸びてただのくだらない日記公開用サーバと化してしまった。

もともと趣味の合う人間同士でひっそり間とマニアックな話や記事をアップして楽しむものが、一般大衆化しすぎたためにどうでも良い内容の記事が増えてしまった。2chと大差のないものへとなった。2chは匿名性が辛うじて維持されて(行政などからの問い合わせでIPなどによる本人確認はしているようだが・・・実際は?)いる分まだましだが、mixiは個人が特定できてしまうので厄介。

「個人情報は偽のものを登録しているから大丈夫w」

とか言う人間に限って母校のコミュニティとかに入ってるアンポンタンもいるのでソーシャルハッキングには持って来いと言った所か・・・(苦笑)
mixiはネット初心者が蔓延しているために個人情報の宝庫であるのは一目瞭然。業者が蔓延るのも納得がいく。

結局、登録情報は偽のものを書いても日記の更新頻度やコミュニティ、日記の内容からどこに住んでいるのか、職業は何か、家族構成、ディスコグラフィぐらいは簡単に推察できる。

まぁ、これはどのブログにも言える事なのですが、結局はブログで配信しているユーザの質に起因するのが一番大きい。

で、個人情報をモリモリ発信し、馴れ合いの集まりで反論者を廃絶し、自分の肥やしにならない日記を読んでも時間の無駄と言う事態にウンザリしてこのブログへ移転した次第です。

ということで、私はこちらのブログでは出来るだけ真面目に記事を挙げるようにしているんです。


閑話休題、友人に聞いた話なんですがイギリス人の解雇者の4割はブログが原因で解雇されるそうです。あまりやたらめったに身内ネタを公開するととんでもないことになるみたいですね。ただ、それだけのリスクを負うということを分かっていても公に配信したい・世間に知らせたいということなんでしょう。

で、コレも友人に聞いたんですがアメリカ人はブログを

「世界を変えるために書いている」

のだそうです。すごいですね。志が高い。

さて、それに比べて日本のブログは果たして・・・
少なくとも

「世界を変えるために日記を書いている」

人間はmixiには殆んどいないような気がしました。文化の違いといってしまっては元も子もないのですが、それでも少しはまともな記事を挙げてもらいたいものです。

イザはマイナー部分も手伝ってか、ユーザーの記事は質が高く、少なくとも見てて殺意が芽生える記事がないのが嬉しいですね。

まぁ、マイナー過ぎて誰も知らない、悪徳業者が平気でワンクリ詐欺をしてくる・・・と言った点は目を瞑っておくとしますか(苦笑)

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コンピュータ 出来る、出来ないの差

2007/11/07 00:31

 

バイトの昼休みにいつも行くうどん屋があるんですけど、そこのお姉さんが私好みのムッチリお姉さんなんですよね。ですから、もう毎日のように足繁く通ってるんです。あわよくば、オッパイとか揉ませてくれるんじゃなかろうか、もしかしたら、放送コードぎりぎりの間接表現ですけれど、私の血潮滾るトーテムポールをお口でジョルジョルしてくれるんじゃなかろうかと、淡い夢を見ながら足繁く通ってるんですよ。

「あら坊や、今日も一人で来たの?」

「うん、お姉さんに会いたくて今日も来たんだ」

「まぁ、坊やったらお世辞がお上手なのね」

「お世辞なんかじゃないよ。お姉さんが好きなんだもの」

「あらあら、おませさんな坊やだこと」

「お姉さんのことを考えると夜も眠れないんだ」

「まぁ、それは大変ね。私のせいで眠れなくなっちゃうの?」

「うん・・・なんかムズムズしちゃうんだよ・・・」

「まぁ大変。じゃぁ私が今夜は坊やが良く眠れるようにしてあげなくちゃね」

「え?どいうこと?」

「こういうことよ」

そういうとお姉さんは坊やのほっかむったトーテムポールをムキムキーのジョルジョルーノジョバーナして坊やスッキリ、お姉さんお肌テカテカになって一石二鳥!みたいな・・・。

まぁ、こんなくだらない妄想はどうでも良くて、つい先日もまたお姉さんのムッチリお尻を拝ませて貰おうと例のうどん屋に行ったんですけれど、なんかいつものお姉さんじゃないんですよ。いや、いつもはこんなんじゃなかったというか、違和感があると言うか・・・。まぁぶっちゃけ

「こんなに不細工だったっけか?」

って思っちゃったんですよ。
いやいやいや、私は美人が好きとか大それたことは言えないほどのキモ面ですので、人の顔のことはとやかく言えないのですが、それでも

「こんなに不細工だったっけか?」

って思わざるを得ないんです。
何故こんなにもお姉さんは変わってしまったのか・・・。しきりに頼んだコロッケ定食のうどんをチュパチュパぬちゃぬちゃとすすりながら、お姉さんの顔をしきりにギラギラとした目つきでチラ見してたんですよ。いや「ギラギラとした目つきだったら見てるのバレちょうよ」とか、そんな突っ込みは期待しちゃいない。んでね、そしたらハッとさせられましてね。というか、答えは簡単で

「化粧してなかった」

という落ちなんですけれどね。
いやいやいや、それにしても化粧落としただけでなんでそんなに変わんねんと。思わず

「あ、新しいバイトの方ですか?」

って声掛けそうになったもの。
あまりにもスッピンと化粧で顔の印象がかけ離れすぎ。でもまぁこう言っちゃあ失礼ですけど、女性の方でお化粧落としたら

「どこの山姥(ヤマンバ)ですか?僕のような骨川筋衛門を食べてもおいしくないですよ?」

と思わず口走ってしまうほどおぞましい面構えした方って結構いますよね。そこら辺の眉剃ってるヤンキーとか比じゃないもの。気合の入り方が違うからね。
良く恐い面構えした人を見て

「アイツは2,3人殺ってるね」

という表現をするけれど、そんなんじゃスッピンの女性の恐さを全然例えられてないくらいスッピン女性は恐い。

「アイツは2,3人喰い殺してるね。喉笛を一千切りだね」

が正解。で、「噛む」んじゃなくて「喰い千切る」がベターな表現でしょう。間違いなく夜な夜なトキトキトキと包丁磨いで舌なめずりしてる顔だもの。もちろん喰い殺すから遺体も出てこないし証拠不十分で逮捕もされないしね。恐い怖い。

でもまぁ、それでもムッチリお姉さんが好きなので通ってますがね。というか、むしろ新しいバイトの娘が上原さくらに激似で厚い唇がキュートでセクシィなので

「すまんが、お口でジョルジョルしてくれんか?」

といつか言ってやろうと企んでいるだけなのです。



で、タイトルと大分話が反れましたが、コンピュータの分野において「出来る・出来ない」の差が何故生じるのか、と言うことについて考えてみた。
私の大学は主にそういった分野を専門的に教育する機関なので、私自身は「出来る」とは決していえない人間だが、それでも「そこそこ」はできる。しかしながら、私のようなもの覚えの悪く若年性アルツハイマーと診断されても可笑しくない人間でも「そこそこ」はできるのに対し、私の大学には「出来ない」人間が大半を占めている。

何故出来ないのか?

出来ないのではなく、「やらない」という部分が大半を占めているのは容易に推測できるが、しかしながら「やろうとしても出来なかった」という人間がいるのも事実。「やる気はあるのに出来ない」。普通はやる気があれば出来そうな気がするが、何故出来ないのか。

私が思いつく一つの理由として

「文章を読まない or 読もうとしない」

というのがある。兎に角長い文章を読むのが苦手。文字列を見ただけで嫌になるという人はプログラムなどは苦手であろう。参考書なんて難しい言葉の羅列で嫌になるし、ましてやツールの付属の説明書なんてファイルを開いたことすらない。そのような人はネットサーフィンも苦手なのではなかろうか。

ネットサーフィンにおいては一見簡単なように思えて、自分の目的としているコンテンツを検索して探し出すのは意外と難しい。現にネットサーフィンが巧くできない人間は私の大学にも存在する。

普段から文章と接してきていないため、自分の閲覧したいコンテンツのキーワードを探し出す能力が欠けているのだ。「キーワード」とは要するに、自分の探したいコンテンツの「要点」である。従って文章を読むことに慣れていなければ、要点を自分で探し出して検索エンジンで検索にかけることができない。

文章といわないまでも若者の活字離れは進んでいるらしく、今の子供たちは漫画すらもあまり読まないのだそうだ。現に週間少年ジャンプは発行部数は私達が幼い頃より大幅に落ちているし、月間少年ジャンプにおいては休刊してしまった。

実際に私も活字離れを目の当たりにして驚かされたことがある。それはとある人に漫画を貸してくれと頼まれて貸したのだけれど、その人は私の渡した漫画をパラパラとめくり

「文字が多い・・・」

と呟いたのだ。漫画を見て「文字が多い」と発言する人は初めて出会った。確かに推理物の考えさせる漫画は文字数は多いのは分かるが、私の貸した本はそのような類ではない。小説とは違い、イラストを表現媒体とすることで文字数を大幅に減らした漫画ですら「文字が多い」と言うのだ。このような人間が文字列だらけの参考書など読もうはずもない。

以上のようなことから、「やる気があるのに出来ない」という人間は「やる気はあるけれど、文章が読めない」に置換出来るように思える。


最近では、参考書やパソコンの説明書にしてもイメージつきで大変見やすく分かりやすい仕様に変わってきている。一昔前のパソコンは分厚い説明書が何冊も付いていて、一体どれから読み進めていけば良いのか分からず右往左往していた。それが今では初期設定は殆んど最初から設定されていて、購入してからすぐにでも使うことが出来るようになったし、説明書は必要最低限しか書かれておらず、大きなイメージつきで猿でも分かる仕様になった。

けれどもその反面、人は文章を読まなくなった。

高い金を出して買ったパソコンなのだから、仕方ないけれど分厚い説明書を読んで起動させてみるか。面倒臭いけれど、一から説明書を読むか。面倒だけれどそうせざるを得ない、そういった環境で育った人間は嫌でも文章は読む。けれども今は何でも簡略化、イメージを貼り付け文章は削除。この環境に慣れてしまえば文章を読むのが嫌になるのも分かる。

IT業界で言えばWindowsの登場でGUI化が進み、コマンドプロンプトなんて使ったことのないユーザーも多いことだろう。私の大学でもプログラムはGUIがメインだと思い込んでいて授業でCUIを習っていても「何の役に立つのか分からない・全然プログラミングをしている実感がない」などと見当違いなことを喚いている人間は多い。

GUIは視覚から直感的に操作出来、複雑な処理はユーザーから見えないようになっている為、実際にどのようなプロセスを踏んで実行結果が帰ってきたのか分からないのだ。

要は利便性・簡易性を追求するあまり、人は理解しようとしなくなった。理解しなくても機械が勝手に難しい部分はやってくれるのだ。世の中は便利になりすぎた。その結果、出来ない人間が生まれていっているのではなかろうか。

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セキュリティの基本モデル

2007/11/02 00:23

 

セキュリティサービス提供者は、ハッカーによる攻撃からリソースを保護しようとする。このサービスによって保護される対象は、保全性、機密性、権限とアクセスの許可、アイデンティティの確認、認証、可用性、否認防止、監査などである。

これに対し、セキュリティ利用者へのサービスは

              
  1. 保全性の確認:利用者はデータやアプリが正確である事が確認できる
  2.              
  3. 機密性の保持:利用者はデータやアプリの機密性が確保されていることを保障できる
  4.              
  5. 権限・アクセスの許可:利用者はセキュリティクリティカルなデータ、アプリ、その他のリソースにアクセスするための権限を適切に許可できる
  6.              
  7. アイデンティティの確認:利用者はデータやアプリの出所が、送信者として示されているものと一致するかを確認できる
  8.              
  9. アクセス権の認証:データやアプリなどのリソースに対するアクセス権を適切に認証できる
  10.              
  11. 否認防止の証拠:利用者はデータやアプリが誰から送られていたかを証明することや、送信した相手がデータを実際に受け取ったことを証明することができる
  12.              
  13. 監査の証拠:利用者はシステム内で行われるオペレーションがセキュリティクリティカルであることを証明できる

カテゴリ: IT    フォルダ: セキュリティの基本

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ブログランキングに云々

2007/11/01 15:27

 

ブログのランキング一覧を見ていると、私のブログは一体どんなブログなのか全く検討がつかない。
というのも、ランキングに表示されている部分が

「鬼畜人間精神安定所
鬼畜人間(Phyco)が現実世界で・・・・」

としか表示されてないから。
コレだけじゃパッと見、頭の逝ってしまわれてる人間のブログにしか見えないではないか。いや、まぁ頭がパラッパラッパーなのは否定しないけれど、これはあまりに酷い。
寧ろ、私が書くブログの内容と全然関係ないからな。

とはいえ、ブログの内容はインテリぶって色々と書いているけれども、WriteGreat Codeって本のメモ程度で記しているに過ぎないから、私自身の知能は本当はそんなにないのも事実。

結局馬鹿はやっぱり馬鹿なのであって、無理に見栄など張るもんじゃないなと痛感した次第である。

カテゴリ: その他  > 日記    フォルダ: 鬼畜雑記

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符号拡張・縮小

2007/11/01 15:09

 

2の補数はビット数の異なる値同士ではそのまま使用することが出来ず、同じビット数に揃えてやらなければならない。例えば16ビットの数値を8ビットの符号付の値は自由に使えず変換する必要がある。
小さいビットから大きいビットへの変換を符号拡張と呼び、その逆を符号縮小と呼ぶ。

-64例に考えてみると、8ビットの2の補数で表すと$C0、16ビットで表すと$FFC0となり、この二つは明らかに異なる。
次に+64で考えてみると、8ビットでは$40、16ビットでは$0040となる。
従って、負の拡張と正の拡張では明らかに拡張方法が異なる。

符号拡張することは変換して追加されるHOビット全てに符号ビットをコピーするだけなので、非常に簡単である(4ビットを8ビットに符号拡張するならば、ビット3を8ビットの4...7のビットにコピーするだけ)。
符号なしの2進値の処理をする場合はゼロ拡張を使う。ゼロ拡張では符号なしのサイズの小さい値を符号なしのサイズの大きい値に変換できる。セロ拡張は符号拡張より、さらに簡単で、大きいほうのHOバイトに0を格納するだけ。

符号拡張とゼロ拡張は高水準言語のコンパイラの多くが自動的に処理している。

signed char sbyte;
short int sword;
long int sdword;

sword    =    sbyte;
sdword    =   sbyte;
sdword    =    sword;

上のような処理には同じサイズ同士の値の移動よりも、多くのマシン命令が必要とされていることを念頭に置いておかなければならない。特に、符号有りの変数と符号なしの変数が混在する式は、予期せぬ符号拡張・ゼロ拡張が行われる可能性があるので注意が必要である。

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